妹の世話



よしとが小学校から家に帰り、母親に向かって「ただいまー」と大声

で言った。

しかし、家にいるはずの母親の声がしない。玄関の上がり口にメモが

置いてあった。

「妹の面倒を見てあげて下さいねー。」

母親が、よしとに書いたメモであった。

母親はよちよち歩きの妹を、家に寝かしたまま、畑仕事に出かけていた

のである。

よしとは、かなり不安であった。

なぜならば、学校からの帰りに、友達と遊ぶ約束をしていたからである。

よしとは、とにかく大急ぎで宿題を終えた。そして、家の周りの畑で

母親を探した。

しかし、母親は見つからなかった。そして、妹はぐっすり寝込んだまま

身動きもしなかった。

よしとは、少しくらい遊んでいても、妹は起きないだろうと思った。

そして、もし妹が起きたとしても気を紛らわすことが出来るように、

寝ている妹のそばに、人形を置いて遊びに出かけた。

2時間くらい友達と遊んで、大急ぎで家に帰ると、妹が家の外で大声で

泣いていた。

よしとは大急ぎで妹を抱き上げた、そして家の中でオムツを替えてあげた。

すると、妹はとても機嫌よくお人形さんと遊んでいた。

妹はただオムツを替えて欲しいだけだったのです。

まだ1歳そこそこの赤ちゃんなのに、とにかく一人で遊ぶのが好きな・・・

と言うか?

いつも母親にほったらかしにされているから、慣れていたのかも知れません。

| 日記

鶏の世話係り

よしとが小学校に入って間もないころ、

「ごはんですよー」と母親の声がした。

よしとは急いで食卓についた。お腹が空いているからだけではない

父親の箸箱が怖いのだ、それは木製の夫婦箸箱で長さは約30センチ

くらいだ。気の短い父親は子供たちに教育する前に必ず箸箱で頭を

たたき、それから子供たちに注意を促すのが常だった。

だから子供たちは食事の時、常にその箸箱が気になって仕方が無かった

父親はよしとに「よしと、明日からお前が責任を持って鶏の世話をしな

さい。」といい、よしとは直ぐに「はい」と答えた。

よしとはそれまでにも、姉や兄が鶏に餌を与えるのを手伝っていた為、

何の不自由も無かった。

鶏は、やわらかい野草が好きだった。まな板の上に野草を載せて、父親が

研いでくれた包丁で、よしとは細かく刻んだ。よしとは右手の人差し指

の付け根が痛かった。

やわらかい野草といっても、人間が食する野菜に比べると、2倍も3倍も

硬いのである。

小学校1年生のよしとには、かなり苦痛な鶏の餌やりであった。

| 日記

山羊の乳しぼり

よしとは母親が仕事着に着替えているのを見て、「母が自分を置き

去りにして何処か遠くに行ってしまうのではないか?」と思いとて

も不安だった。

よしとは母親に「何処へ行くの?」と尋ねた。

母親は「今日は草刈に行くの!あんたはどうする?留守番しとく

か?」と言った。よしとは一人で留守番をしているのはとても怖

かった。だからよしとは「僕も行く!」と言った。その日はとて

も天気がよかった。遠くの空が真っ青で、とても美しかった。

よしとは母の後をとぼとぼと付いて行った。

農道は幅1.8mくらいで、背丈20cmくらいの草が生えている、

そして荷車が通るわだちの部分だけが土の状態だった。しかし、

先日の雨のためところどころぬかるんでかなり滑りやすかった。

「早くおいでよ!」と母親が言った。前を見ると母親はかなり

遠くまで行っていた。よしとは、涙が出るのをこらえながら、

必死になって、幅約20cmのわだちを右の轍、左の轍とぬかる

みを避けながら歩いていった。

家から50mほど進むと少し上り坂で農道が左に曲がっている為、

母親の姿が見えなくなった。よしとは泣き出しそうになったが

歯を食いしばって、必死になって母親を追いかけた。

坂道を登りきると母親の姿が見えたのでよしとは安心した。

よしとが母親に近づくと、母親は草を刈っている手を止めて振

り返りながらよしとに「よう頑張ったなー、賢いなー」と言っ

た。よしとはその一言で思わず涙が出そうになった。」

すると母親は「あんた泣いてるの、泣き虫やなー」と言った。

 しばらくすると、「あんた先に家に帰り」と母親がよしとに

言った。よしとは、一人で家に帰るのが不安だった。その様子

を察知して母親は「お母さんが草を背負って先に家に帰ったら

あんた歩くのが遅いから、付いてこれないでしょ、独りぼっち

になっても怖くないの?」とよしとに言った。あたりを見回す

と田んぼと山しか見えない、人影など何処にも無いのだ。こん

な所に一人置き去りにされたら大変だ、よしとは納得して母よ

り一足先に家に帰ることにした。

 2〜30m程歩くとよしとは不安になり後ろを振り返った、す

ると母親は刈った草を荷造りしながら、「もう家についたか?

見えてるよ!まだ、見えてるよ!早く帰らないと追い越すよ!」

とよしとに言った。よしとは元来た農道の下り坂を滑らないよ

うに注意深く必死になって歩いた。母親はよしとに「もう家に

ついたか?見えてるよ!まだ、見えてるよ!」と何度も何度も

繰り返し声をかけた。よしとはその声で安心し後ろを振り返る

必要がなくなった。よしとがやっとの思いで家に着くと、たく

さんの草を背負った母親はもうすぐ後ろに来ていた。

 昼食を終えてからしばらくすると、母親はよしとに「山羊に

えさをあげようね!」と言った。よしとは山羊を見るのは初め

てだった、山羊はお腹が大きく寝そべっていた。よしとは、母

から手渡された一掴みの柔らかい草を山羊の口元に近づけた。

山羊は喜んでその草をおいしそうに食べた。よしとは母親に

「山羊はどうして立ち上がらないの?」と尋ねた。すると母親

は「もうすぐ、赤ちゃんが生まれるのよ」とよしとに言ったが、

あまり嬉しそうではなかった。

 よしとが布団に入ったころ、母親が「もうすぐ生まれるよ」

と父親に言った。父親は大急ぎで獣医を呼びに行った。


 朝早く目覚めると子山羊がおいしそうに乳を飲んでいた。

よしとは親の山羊に草を沢山あげた。子山羊の口元に草を近

づけると子山羊は顔を横に向けて嫌がった。よしとは母親に

「子山羊が草を食べないよ」と言うと。母親は食器を洗いな

がらよしとに「まだ赤ちゃんだから、草を食べられないのよ」

と答えたが、よしとには母親がすごく悲しそうに感じた。

次の日朝起きると母親は何か悲しそうだった。よしとは母親に

「子山羊はどうしたの」と尋ねた。すると母親は食器を洗いな

がら悲しそうな声で「お父さんが知り合いの人にあげたのよ」

と答えた。

夕方父親が仕事を終えて家に帰ると直ぐに山羊の乳を搾ろう

とした。しかし山羊はあばれて父親に乳首を触らそうとはし

なかった。父親は仕方なく県道の向かい側の牧場の親方を呼

んできた。親方は山羊のパンパンに膨らんだ乳房を優しくな

でてやり、乳首を上から下側に絞ると勢いよく乳が飛び出し

た。しばらく絞ると山羊は張りつめた乳房が楽になった為お

となしくなった。父親が交代して山羊の乳首を絞ると再び山

羊が怒った。親方は「親父さんちょっと手に力を入れすぎや!

もっと柔らかく絞らんと」と言った。再び親方が山羊の乳を

搾ると山羊は気持ちよさそうになった。そして又父親が山羊

の乳を搾ろうとしゃがみこむと、山羊は父親を横目でにらん

だ。しかし三度目くらいになると父親が父絞りの要領を得た

のか山羊が暴れなくなった。

山羊の乳を鍋で温めると表面に薄い膜ができた。よしとはそ

の固まりを食べるのが好きだった。よしとは山羊の乳を甘く

ておいしく感じた。

よしとの父親は毎朝早く起きて山羊の乳を搾り、子供たちに

飲ませた。

しかしよしとの母親は山羊の乳を口にすることは一度も無

かった。

いつの日か山羊はいなくなっていた。よしとが母親に「山羊

はどうしたの」と尋ねた。すると母親は「お父さんが知り合

いにあげたのよ」と悲しげに答えた。

それから数日後よしとは「やっと、にこやかな母さんに戻っ

た」と感じた。

よしとは山に芝刈りに行った

「今日は天気がいいから山に芝刈りに行こう」と母が言った。

よしとは「誰と行くの」とたずねた。

「おばあちゃんと、佐山のおばちゃんよ」と母は答えた。

佐山さんは、隣の家でよしとと同い年の男の子がいた。

そして、おばあちゃんが先頭を歩き、よしとの母と佐山のおばさ

んはピクニックに出かけるように、にこやかにそして楽しそうに

話しながら砂利道の県道を歩いていった。

その後をよしとと佐山がはしゃぎながらついていった。

よしとは、芝刈りに行くのはしんどいからいやだった。

しかし、佐山があまりにも楽しそうにはしゃいでいるので、よし

とは一瞬芝刈りのつらさを忘れて、佐山といっしょにはしゃぎな

がら皆について行った。

家から山まで約1キロくらいあった、5歳のよしとと佐山にとっ

ては大変な距離だった。案の定、山に着く前に佐山は「しんど

い」と言って母親におんぶをしてもらった。

山に着くとよしとはもうくたくただった。「しばらく休んど

き!」と母に言われて、よしとはその場にしゃがみこんだ。

しばらくすると、お昼ご飯だった。母親の作ったおにぎりは本当

においしかったが、佐山のおばさんがくれた玉子焼きは甘かった。

昼ごはんが終わると周りの景色がよく見え、はるかかなたに

海が見えた。空気が澄み切っている為、海の青さがひときわ美し

かった。そして、その海の向こうに夢と希望が満ち溢れているよ

うによしとは感じた。

昼食後よしとは落ちている、枯れた木の枝を拾い集めた、といっ

ても5歳の子供のすることである、3本か5本集めたらもうすぐ

に飽きてしまい、その場にしゃがみこんで休憩した。

よしとはほんの少しの枯れ枝を母親に背負わせてもらった。よし

との母は一抱えの焚き物を荷造りし、それを2つも背負い、1キ

ロの道のりを家路に向かった。その時よしとは早く大きくなって、

母に楽をさせてあげたいとしみじみと感じた。

よしとは川へ洗濯に行った

家の前の坂道を少し下ると、そこは県道だった。道路は砂利道で

まだ自動車は一日に数台しか通ることは無かった。よしとが3歳

くらいの時県道を一人で横断しかけた、ちょうどその時バスが通

りかかった。

バスの運転手はよしとを避けるため急停車し、若くて美人のバス

ガイドがよしとを自宅まで、抱いていったそうだ。

それから県道を渡る時、よしとの母はいつもよしとの手を握り

「右見て左見て渡るのよ」と言って聞かせた。

県道から川まで50mくらいだが、5歳のよしとにはかなり遠く

に感じた。

父は仕事に出かけ、兄と姉は小学校に行っている為、よしとは母

が洗濯にいっている間一人で家にいるのがすごく怖かった。だか

らいつも母親と一緒に川へ洗濯に行った。そして、手ぬぐいを1

枚洗うくらいのお手伝いをするとすぐに飽きてしまい母親に

「早く帰ろう!早く帰ろう!」

と駄々をこねるのだった。

そしてその時母親のおなかは大きかった。

よしとは山本に石を投げた

よしとは山本に石を投げた、しかしそれは本人に当てるつもりで投げた

のではない。山本はよしとよりも2つ年上である、よしとはまだ5歳だ

った。山本がよしとに悪ふざけをした為、よしとは怒って山本を追いか

けた。よしとは身体が小さい為追いつく訳がない。そこで石を拾って思い

っきり投げた。

そして、その石は山本の頭上を超えてかなり遠くまで飛んだ。しかし、

運悪くちょうどそこに赤色のオープンカーが通りかかった、石は窓ガラ

スにあたった。よしとはすぐさまきびすを返し、一目散に自分の家まで

走って逃げた。

運が悪い事は不思議と重なるものだ。その車を運転していたのは、アメ

リカ人だった。

山本はよしとに追いかけられ、車が民家の陰から急に現れた時に石が

当たったものだから、山本はそのアメリカ人と視線が合ってしまった。

アメリカ人は怒って英語をまくし立てる、山本はその場で大声で泣き

叫ぶ以外になすすべは無かった。