山羊の乳しぼり

よしとは母親が仕事着に着替えているのを見て、「母が自分を置き

去りにして何処か遠くに行ってしまうのではないか?」と思いとて

も不安だった。

よしとは母親に「何処へ行くの?」と尋ねた。

母親は「今日は草刈に行くの!あんたはどうする?留守番しとく

か?」と言った。よしとは一人で留守番をしているのはとても怖

かった。だからよしとは「僕も行く!」と言った。その日はとて

も天気がよかった。遠くの空が真っ青で、とても美しかった。

よしとは母の後をとぼとぼと付いて行った。

農道は幅1.8mくらいで、背丈20cmくらいの草が生えている、

そして荷車が通るわだちの部分だけが土の状態だった。しかし、

先日の雨のためところどころぬかるんでかなり滑りやすかった。

「早くおいでよ!」と母親が言った。前を見ると母親はかなり

遠くまで行っていた。よしとは、涙が出るのをこらえながら、

必死になって、幅約20cmのわだちを右の轍、左の轍とぬかる

みを避けながら歩いていった。

家から50mほど進むと少し上り坂で農道が左に曲がっている為、

母親の姿が見えなくなった。よしとは泣き出しそうになったが

歯を食いしばって、必死になって母親を追いかけた。

坂道を登りきると母親の姿が見えたのでよしとは安心した。

よしとが母親に近づくと、母親は草を刈っている手を止めて振

り返りながらよしとに「よう頑張ったなー、賢いなー」と言っ

た。よしとはその一言で思わず涙が出そうになった。」

すると母親は「あんた泣いてるの、泣き虫やなー」と言った。

 しばらくすると、「あんた先に家に帰り」と母親がよしとに

言った。よしとは、一人で家に帰るのが不安だった。その様子

を察知して母親は「お母さんが草を背負って先に家に帰ったら

あんた歩くのが遅いから、付いてこれないでしょ、独りぼっち

になっても怖くないの?」とよしとに言った。あたりを見回す

と田んぼと山しか見えない、人影など何処にも無いのだ。こん

な所に一人置き去りにされたら大変だ、よしとは納得して母よ

り一足先に家に帰ることにした。

 2〜30m程歩くとよしとは不安になり後ろを振り返った、す

ると母親は刈った草を荷造りしながら、「もう家についたか?

見えてるよ!まだ、見えてるよ!早く帰らないと追い越すよ!」

とよしとに言った。よしとは元来た農道の下り坂を滑らないよ

うに注意深く必死になって歩いた。母親はよしとに「もう家に

ついたか?見えてるよ!まだ、見えてるよ!」と何度も何度も

繰り返し声をかけた。よしとはその声で安心し後ろを振り返る

必要がなくなった。よしとがやっとの思いで家に着くと、たく

さんの草を背負った母親はもうすぐ後ろに来ていた。

 昼食を終えてからしばらくすると、母親はよしとに「山羊に

えさをあげようね!」と言った。よしとは山羊を見るのは初め

てだった、山羊はお腹が大きく寝そべっていた。よしとは、母

から手渡された一掴みの柔らかい草を山羊の口元に近づけた。

山羊は喜んでその草をおいしそうに食べた。よしとは母親に

「山羊はどうして立ち上がらないの?」と尋ねた。すると母親

は「もうすぐ、赤ちゃんが生まれるのよ」とよしとに言ったが、

あまり嬉しそうではなかった。

 よしとが布団に入ったころ、母親が「もうすぐ生まれるよ」

と父親に言った。父親は大急ぎで獣医を呼びに行った。


 朝早く目覚めると子山羊がおいしそうに乳を飲んでいた。

よしとは親の山羊に草を沢山あげた。子山羊の口元に草を近

づけると子山羊は顔を横に向けて嫌がった。よしとは母親に

「子山羊が草を食べないよ」と言うと。母親は食器を洗いな

がらよしとに「まだ赤ちゃんだから、草を食べられないのよ」

と答えたが、よしとには母親がすごく悲しそうに感じた。

次の日朝起きると母親は何か悲しそうだった。よしとは母親に

「子山羊はどうしたの」と尋ねた。すると母親は食器を洗いな

がら悲しそうな声で「お父さんが知り合いの人にあげたのよ」

と答えた。

夕方父親が仕事を終えて家に帰ると直ぐに山羊の乳を搾ろう

とした。しかし山羊はあばれて父親に乳首を触らそうとはし

なかった。父親は仕方なく県道の向かい側の牧場の親方を呼

んできた。親方は山羊のパンパンに膨らんだ乳房を優しくな

でてやり、乳首を上から下側に絞ると勢いよく乳が飛び出し

た。しばらく絞ると山羊は張りつめた乳房が楽になった為お

となしくなった。父親が交代して山羊の乳首を絞ると再び山

羊が怒った。親方は「親父さんちょっと手に力を入れすぎや!

もっと柔らかく絞らんと」と言った。再び親方が山羊の乳を

搾ると山羊は気持ちよさそうになった。そして又父親が山羊

の乳を搾ろうとしゃがみこむと、山羊は父親を横目でにらん

だ。しかし三度目くらいになると父親が父絞りの要領を得た

のか山羊が暴れなくなった。

山羊の乳を鍋で温めると表面に薄い膜ができた。よしとはそ

の固まりを食べるのが好きだった。よしとは山羊の乳を甘く

ておいしく感じた。

よしとの父親は毎朝早く起きて山羊の乳を搾り、子供たちに

飲ませた。

しかしよしとの母親は山羊の乳を口にすることは一度も無

かった。

いつの日か山羊はいなくなっていた。よしとが母親に「山羊

はどうしたの」と尋ねた。すると母親は「お父さんが知り合

いにあげたのよ」と悲しげに答えた。

それから数日後よしとは「やっと、にこやかな母さんに戻っ

た」と感じた。

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